たまたま手に取った本が予想以上に「当たり」だったりすると、この上なく嬉しいものです。この本もまさにそれ。
パリの高級住宅街で裕福な人たちが住むグルネル通り七番地。そこにあるアパルトマンの管理人ルネと、六階に住む少女パロマの二人が語るお話しです。
ルネは芸術も文学も、時には哲学すら嗜む知的な女性でありながら、その知性を他人に知られないよう身を隠すように暮らし、一方のパロマはその天才故に大人社会のくだらなさに希望を見出せず自殺を志願する十二歳のシニカル少女。
人並み外れた感性と美意識を持ちながら世間との関わりを拒んで生きてきた二人が、ある日同じアパルトマンに越してきた日本人紳士との出会いによって、その不器用な人生観を変えていきます。
物語のいたるところに心ふるわせる言葉が散りばめられ、読みながら思わず溜息が漏れます。
例えば、パロマがある朝ひとり静かなキッチンで、活けられた薔薇のつぼみが「プゥフ」と音ならぬ音をたてて(この擬音も素敵)落下する瞬間に立ち会うのですが、その千載一遇のチャンスに恵まれた幸せを彼女は日記にこの様に綴ります。
「美しいものは、移ろうときにはっとさせられるのです。あるものの美と死を同時に目撃するとき、形あるものの儚さに惹かれるのです。
ああ、それじゃあつまり、そういうふうに生きていかなければならないってこと?美と死、動きと消滅のバランスをとりながら?
たぶんそう、生きるということは、消えゆく瞬間を追いかけることなのです。」
また、今までもこれからも続く試練と葛藤の日々に思いをはせてルネは呟く。「敵わないとわかっているのに、闘うのは何のためなの?朝が来るたび、繰り返される戦闘に疲れ果て、私たちは毎日の生活というこの果てしない廊下を歩く恐怖を先延ばしにする。この長い廊下は、人生の終わりには、長く歩まざるを得なかった運命に見合ったものであるはず。
廊下に漂う悲しみと、日々折り合いをつけながら、一歩ずつ、暗くどんよりとした劫罰の道を行く。」
そして読了後は誰もが小津安二郎の映画を観たくなる、そんな本です。
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